福岡道雄《黒一色の景観から》を見た。

福岡さんは今「つくらない彫刻家」だから、過去の作品が並んでいた。

緊張感のある展覧会だった。

1971年の《石を投げる 加速された2.5秒または消去された2.5秒》は白黒写真で、当時は白黒写真が普通の時代だったことを思い出した。

それは大きく引き伸ばされていて、画面の荒れようが70年代初めを思い起こさせる。

でも、「アレ・ブレ・ボケ」がかっこよかった時代だから、そういう観点から見たらとてもきれいな部類のプリントなのかもしれない。

写真はわずかにぶれていた。

その手ぶれが撮影者の肉体を感じさせる。

ここには福岡道雄と風景が写ってはいるが、シャッターを押した人物の生温かい身体の残像のようなものも写り込んでいた。

 

2018/12/11


この夏、徳島の知的障害者施設でワークショップを行った時、施設利用者の一人の男性からプレゼントをもらった。

それはゴミ箱に捨てるときのように丸められ、手で押しつぶしたようなぺったんこの物体で、広げてみるとちぎったノートの両面に蛍光イエローのサインペンでぐるぐると線が書かれた紙切れだった。

何か具体的な形をなぞるペン運びではなく、かといって文字を書くような記号的な線でもない。

彼は何を書こうとしたのだろう、そのことが今も気になる。

人の書く線は、何かを説明するための役割を持つものだ。この線は、身体の覚えた一定の動きの痕跡が紙の上に残っただけのように見える。

メッセージを伝えるための道具としてではなく、彼は自分の思いを「書く」という行動で示そうとしたのだけれど、「うまくいかず」こんな形になったのかもしれない。

うまくいかず・・・ということは多くの人が経験することで、彼の場合もうまくいかず「なんでもない」落書きのようなものになってしまった。

 しかし、あの場で一人手を挙げてゴミのように丸められた手紙のようなものを僕にプレゼントしてくれたあの行動と紙片は意外性とともにいつまでも心に残る。それは彼の「表現」といってよい出来事だったのだと思う。

 

2018/12/08

 


長いあいだ鉄製のフレームを作ってきた。

自分の作品に もっとも似合うものが欲しいという単純な理由からである。

丈夫で、傷が入っても気にならず、錆びてもまたそれもよし・・・と言うような、野性的かつ繊細なものを作りたかった。

しかし、先日ちょっとしたきっかけから木工遊びに取り憑かれ、今は木製のフレームを制作したりしている。

金属のように細い枠はできないが、逆にその太さが持つ無骨さを面白いと思い始めた。

 木のフレームを作っていたら額装の考え方も変わってきた。

つまり、よりフレームの存在を意識させる額装を考えるようになった、というようなそんな変化である。

 


 ファインダーを覗いて見える部分だけ、つまり要らない部分を省き写し留めたいといつも思っている。

 

 「切り取る」こと自体が表現としての大半を占めるのだと思うからである。いろいろなものを盛り込むのではなく、そこにあるものを適切に切り取ることでできあがる、そのような表現に憧れている。


 かつて「引き伸ばし」ではなく「引き縮め」る写真を作ったことがある。ネガフィルムの画像より小さく紙焼きするのである。ネガの銀粒子そのものが小さくプリントされて、きっと超微粒子の写真ができるのではないかという期待からの試みだったが、残念ながら目に見える効果はなかった。

 その時作った未発表写真「福助」を引き出しに発見し久しぶりに見てみると、表面に銀が浮いて玉虫色になっていた。調色処理がもたらした銀塩写真ゆえの変化である。知らぬうちに写真が育っていたわけだ。これが魅力的に思え、今回新たにアクリル板でマウントして額装した。そうなると拡大版もほしくなり、シルクスクリーンによる福助の接写イメージを作ることになった。

 

 画像の輪郭や表面の様子を点に置きかえ、目に見えるように再現することを「現像」というなら、カラー写真をシルクスクリーンで印刷することも一種の現像処理だ。いわば「写真のシルクスクリーン現像」と呼んでもいいかもしれない。「版画」ではなく写真の一種としてとらえることで、写真や版画をより客観的に考えることができそうに思う。


絵画では絵の具を付着させるための支持体(たとえばキャンバス)が必要だ。写真も同様で、撮影したイメージを見るために支持体を必要とする。それは印画紙であったり・印刷用紙であったり・スクリーンであったり・モニターであったりする。

 支持体への興味は自分の写真にとって重要な要素になっているのだ。何がどのように写っているのか・・・ということだけではなく、どこにどのようにイメージが定着されているかということに注意を注いできた。それはたぶん、版画表現の経験から来るものだろうと思う。紙質や厚み・紙の色や大きさ・余白の量・インクの質感・額装など、版画では当然考慮するそういったことがらを写真にあてはめているに過ぎない。

 ガム印画を始めたのも、通常の印画紙にプリントしたときのイメージの希薄感からである。RCペーパーよりバラ板紙が好みであるし、モノクロームの「黒」の中の色のバリエーションがもの足らず、調色を施すようなこともした。それが高じて古典印画法を用いるようにもなったのである。

 

 最近はそれぞれ異なった技術的な試みを行っている。私にとって「写真の物質感」は外せない要素なのである。作品の物理的な「重さ」も大切ではないかとさえ最近は考えるようになった。


  画面中央に柱を写すと、左右に二つの風景が撮れる。この事を面白がってこれまで何枚もこんな撮影した。一枚の写真なのに二つの風景が混在する様子を楽しむである。面白くない人にはなにも面白くもないことだが自分には面白い。目の前で「箸が転んだ」ようなものだ。

 最初は柱を細く真ん中に撮っていたが、少しずつ近づいて画面一杯にまで寄って行く。そうすると左右の風景が随分省略されて風景として最小限の絵になる。これがいい。

 

「隙間の風景」と題するこれらの作品は、そういうミニマルな視点で風景を愛でる記録である。


  初期のカメラ・オブスキュラは人間の入れるほどの大きさがあり、ピンホールで映し出される映像を実際に画家が入りなぞって描き写していたようだ。つまり人間の手による写真現像室なのだ。

 

 対象を写実することはいわば現像処理である。 「触覚現像」というこの作品は、古い乾板ネガを見ながら左手で描写した。しかも描画する左手が見えないように新聞紙で隠し、右手の触覚だけを頼りに描いた。


 金色(きんいろ)は物質が持つ固有の色彩で、他の金属では代用できないものだ。

 それに比べると、例えば白(しろ)という色は様々な物質で表現できる。紙の白・牛乳の白・シャツの白・雪のような白というように様々で、そういう意味では概念的なのだ。

 最近の作品で使用している蓄光顔料は光照射を止めても発光する物質の性状である。色彩が物質に帰属してしまうところを面白く思っている。

 

 2018/10/06


 

「の の も へ」

 

 老若男女みんな眉毛があるけど、それをあまり意識していない。防塵の役目とか言われるが、それほど重要に機能しているようには思えないのだ。それでいて、脇毛や胸毛のように地味ではなく自己主張が強い。眉毛は顔を作り、顔は人格を演出することだってあるのだから絶対必要なものかもしれないけれど、そのあり方の必然性に疑問を持つ。たぶん眉毛自身もそれはうすうす感じているはずだ。

 このところ、車の正面を見る機会が増えた。通勤で車を利用していて対向車を眺めるからだ。

掲げられた会社のマークが気になる。「トヨタ」「ホンダ」「ベンツ」「ニッサン」「スズキ」「ボルボ」・・・など、正面から見たら一目瞭然にメーカーがわかる。メーカーがわかるからそれが何かの役に立つわけでもなかろうに、どの車にも法定で定められたかのように掲げられていて、それが眉毛のようなので笑う。

 これまで笑わなかったけれど、この関連性に気づいたら笑えてきた。

 このマークを外したらデザインが変わるのではなかろうか、とふと思う。頭の中で対向車のマークを消してイメージすると、素晴らしくすっきりする。これはちょっとした発見だった。

 眉毛を剃った顔は別人になるが、車の場合はシュッとした顔に変化することを面白いと思った。

2018/09/24


 壁のシミが風景や顔に見える。人は無意味の中に意味を見つけて解釈しようとするようだ。絵の具で汚れた紙が「絵画」のように見えたりもする。そういうことが面白く、その認識の安易さを怖いとも思う。

 机の上をこんこんとたたいてたら「音楽のようなもの」ができることがある。そういう解釈の仕方を音楽や美術の歴史の中で作り上げてきた。だから「無音」という音でさえ意味深いあり方として存在できたのだろう。

 

 文章を書くことはそうではない。鉛筆でなんとなく文字を書いていたら作文できた、などということはない。しかし、何かを書き始めると考えは進む。あるいは考えが生まれることがある。つまり、秩序ある最初の文字の羅列が、意味を生み出していくのである。一人では進まなかった考えが、二人で雑談する中で明らかになってくることもあるだろう。人はなんらかのきっかけが与えられると考えることができる。おそらくそういうことだ。

2018/09/24


奈良公園にある猿沢の池ほとりの風景である。

この場所の眺めが好きで、ここに行くと必ず撮影する。

この日は円形に写るカメラを持っていたので撮ってみた。

 

二本の松がそれぞれ交差した状態は、歩く二人の人の脚と相似形である。

あとで自分の写真を観察していて気がついた。

後日同じ場所に行くと、松の木が一本が切られていた。

気に入った風景が壊れてしまったことが残念だ。

記録のために撮った現場写真には、歩く二人の脚と松の並びが再び相似形に写っていた。

偶然の不思議を味わった。

2018年7月23日