OLYMPUS PEN 用のスライド プロジェクターがあったようだ。

つまりハーフサイズのスライドを投影する機械で、1970年前後の製品と思われる。

 

性懲りもなくこのプロジェクターを買ってしまった。

ハーフサイズのスライドを持ち合わせていないことと、これからも撮影する気もないので、レンズだけ撮影用に取り出すことにした。

 

焦点距離55ミリは、今の僕の技術では絞りを搭載できず、開放撮影専用のレンズにした。

写りは思ったよりよくて、くどいほどのリングボケも発生する。

コントラストもしっかりしていて面白いレンズだ。

 

これだからプロジェクターレンズから逃れられない・・・。

 

2025/08/30

SONY ILCE-7R/Plympus Projection Zuiko 1:2.8  f=5.5cm
SONY ILCE-7R/Plympus Projection Zuiko 1:2.8 f=5.5cm

カメラの名前はUltra-Fexという。

1947年から1966年にかけてフランスのFex(French Exportの略)社によって製造された、安価なベークライト製カメラだ。

620ロールフィルムで6cm×9cmの画像を8枚撮影できた。

感材の問題から現在ではもう撮影が現実的ではない。

以前このカメラを購入し、四角い繰り出し部分をそのまま分離し、35ミリで撮影していた。

その描写とルックスが気に入っていたが、嵩張って仕方がない。

いっそレンズだけにして使おうかと思っていた矢先、このジャンクカメラを見つけた。

計画通りレンズ部分だけ取り出すと直径は1円玉より小さい。

1円玉を5枚くらい重ねた大きさだ。

少しでもいい条件で撮りたいので自作のフードを付けた。

そうしたら、オタク度満載のレンズになった。

レンズを正面から見ると周辺が青い。

最初に手に入れたレンズはそうではなかった。

 

2025/08/30

SONY ILCE-7R/FEXAR OPTIC SPEC
SONY ILCE-7R/FEXAR OPTIC SPEC

山本夏彦の「二流の愉しみ」を本棚で見つけ拾い読みをしている。

20代のころ読んだ。

奥付けを見たら昭和53年発行とある。

西暦でいえば1978年である。

自分が24歳のころだ。

その頃読んだこの本が捨てられず今も本棚にあった。

たいそう面白くて何冊か彼の著書を読んだから、影響は受けている。

自分には「文体」なんてないが、ものの言い方を彼から学んだ。

と、今ごろ気づく。

 

2025/08/25


Photoshopの「ニュートラルフィルター」で白黒写真がカラーに復元される。

復元というか「カラー化」されるのは不思議だ。

どこから色彩の情報を得るのだろう。

 

人物であれば肌の色、植物であれば葉の緑・・・というようなところからAIが予想判断をするのだろう。

 

サルスベリの花を撮ってモノクローム化してみた。

 

そのモノクロ写真をカラー化してみる。

意外にも、というか当然というか花の色が全く違う。

ピンクの花が白色になった。

AIは白色の花を選んだようだ。

ニュートラルフィルターで再現されたカラー写真を、再度白黒写真にして

それをカラー化して、一つ前のカラー写真と比較すると彩度が微妙に違うが、最初のカラー化ほどのズレはない。

2025/08/25


70代男性、新たな遊びを見つけた。

 

古いレンジファインダーカメラのレンズだけ デジカメ用に 加工するという遊び。

YASHICA minimatic-S という ジャンクカメラ のレンズを取り出した。

YASHINON 1:1.8 f=4.5cm

初めての試みなので苦戦した。

工作が気に入らないが、なんとか撮影はできる。

 

絞りが2枚羽根で、しかも形の崩れたひし形をしている。

でも、レンズ描写はなかなかいい。

周辺光量の落ちなども、最近のレンズにはない あじわい がある。

 

 

2025/08/22


Rolleiのスライドプロジェクターレンズ(HEIDOSMAT 2.8/85)を手に入れた。

プロジェクターレンズを撮影用に改造するのはこれで11本目。

思わぬ写りで、いっぺんに虜になるものもあったし、期待の大きさにそぐわないものもあった。

しかし、それぞれ魅力的な味を持っている。

プロジェクターレンズ、侮る事なかれだ。

まだ手に入る機種はあると思うが、市販商品の種類と自分の改造技術を考えると とりあえず今回が最終だと思う。

そういう意味で今日の改造は僕の卒業制作かもしれないな。

ちょっと寂しい気もする。

あとは撮影に力を入れることだ。

 

2025/08/19

SONY ILCE-7R/HEIDOSMAT 2.8/85
SONY ILCE-7R/HEIDOSMAT 2.8/85

ペンタックスのスライドプロジェクターに使われていたレンズで試写した。

絞り開放で撮ると、魅力的なボケ味だ。

空気は写真に写らないが、あたかも空気を撮っているように感じる。

少し湿っているようだ。

湿度が写るレンズかな・・・。

 

2025/08/16

SONY ILCE-7R/ASAHI PENTAX SLIDE M-501
SONY ILCE-7R/ASAHI PENTAX SLIDE M-501
SONY ILCE-7R/ASAHI PENTAX SLIDE M-501
SONY ILCE-7R/ASAHI PENTAX SLIDE M-501

[CHIYOKO P-ROKKOR 2.5/75]

Minoltaのスライドプロジェクターに付いていた。

 

最新購入のプロジェクター。

古い時代のものだ。

レンズだけを拝借して改造した。

心が痛む。

 

ミノルタのプロジェクターレンズはこれで3本目。

それぞれ時代とデザインが違う。

 

それをデジタルカメラにつける。

[CIYOKO]とはミノルタの前身 千代田光学のことだ。

 

レンズがアルミボディで時代を感じる。

製品番号まできちんと刻印があった。

 

P-ROKKOR 2.5/75という名前は一緒だが、デザインが違う。

デザインが違うというだけでそれが欲しくなるというオタク。

 

最近はプロジェクターレンズが楽しい。

写りが福原信三のボケに似ている。

 

2025/08/11

iPhone15
iPhone15

フレームについて考えている。

ここで言うフレームとはいわゆる額縁を指すだけではなく、作品と日常世界を区切る仕掛けとして、あるいは形をなぞる輪郭線のような存在を指す。

それは物理的、心理的な作用で作品に及ぼす効果のようなものでもある。

そこを区別するために「フレーム」「額縁」と、2つの言葉を使い分けることにしたい。

 

版画は版画用紙に印刷される。

また、写真は印画紙にプリントされる。

印刷物は印刷用紙に刷られる。

そうすると、イメージ部分以外に紙の白「余白」が生じるのである。

余白は「余分な白」であり、作品の本質とは無縁である。

と、ひとまず考えよう。

 

余白は絵の周りにある作品保護目的の額縁に似ている。

絵画作品を鑑賞するときに絵画額の出来不出来、あるいはその表現について考えることはない。

つまり額縁はおまけのようなもので、なんなら額から外し中身だけ鑑賞してもいいのだ。

西洋絵画はその構造上余白の概念が育ちにくい。

キャンバスという支持体は、絵の具で前面埋め尽くされることが前提だからだろう。

 

版画に関して、余白部分をハサミで切り取り「絵」の部分だけを額装しても良いのである。

と、そのようにとらえても良いものだろうか。

余白の存在を軽く見ることはできない。

なぜならばそこには絵画にとって必要な「描いてはいけない白い空間」があるからである。

書かれていない空間も絵画の本質を支える重要な要素であるはずだからだ。

逆に余白が不必要な絵画や版画もあるだろう。

そこには表現のための厳格な選択がある。

 

2025/08/04

SONY ILCE-7R/Auto-Takumar 1:3.5/35
SONY ILCE-7R/Auto-Takumar 1:3.5/35

エルモのプロジェクターレンズの試写も兼ねて、昨日は所用で京都まで出かけた。

せっかく絞り機能をレンズに盛り込んだのに、撮影は開放で撮ってしまう。

少し絞って撮ることもしないと、試写の意味がない。

 

2025/08/03

SONY LCE-7/ELMO PROJECTION LENS F:2.8  f=85mm
SONY LCE-7/ELMO PROJECTION LENS F:2.8 f=85mm

メルカリで買った「ELMO S30 スライドプロジェクター」が昨日届いた。

付いていたレンズ「ELMO PROJECTION LENS F:2.8  f=85mm」を取り外し、PENTAX・M42マウントの銅鏡に取りつける。

大きな図体で、ちょっとアンバランスな 出で立ち になったが、無事組み込むことができた。

85mmという画角が面白そうだ。

早速試写してみようと思う。

 

2025/08/01

iPhone15
iPhone15