Aires VISCOUNTというカメラのレンズを外した。
通常は難なく外せるものだが、このカメラに関しては外し方が判らず四苦八苦して、結局本体を金属のこぎりで真っ二つに切断するという恐ろしい暴挙に出た。
このような作業には胸が痛む。
無事取り外したレンズの後ろ玉がまんべんなく曇っていたので、これを清掃したがなかなか落ちない。
しかし、まあこの件はあとから処理するとして、まずはマウント改造することにした。
焦点距離を合わせるために、チューブ状のものでつなぐ必要がある。
以前はレンズフィルターを何枚か重ねることでそれをしていたが、最近はジャンクレンズの銅鏡を使っている。
ズームレンズ一本で様々な直径の筒が取れるので、ジャンクのこれを利用するのだ。
今回は本当に奇跡的に、ぴったりのサイズが見つかって、2種類をつなぎ合わせて無限遠を出せた。
デザイン的にもとてもうまくいって、まるで最初からこの形状で売られていたのではないかと思うほどだ。
完成度の高い工作で美しい。
自分ながらほれぼれする。
さて、デジカメに取付けて撮影してみたら、やはり後ろ玉の曇りが影響してフォギー状態だ。
こうした曇り取りに関して僕は4種類の「奥の手」を使う。
こんな乱暴な方法は恐らく誰もしないだろう。
もちろん他人には勧めない。
まずオレンジクリーナー(原液)で洗う。
それでダメなら塩素系漂白剤(ハイター原液)にしばらく漬ける。
多くの場合これできれいになるものだが、そうはいかない個体もある。
その場合は金属磨き(ピカール)で磨く。
そうすると落ちる事がある。
でも今回はダメで・・・変化がない。
で、最終兵器はルーターを使って、ピカールを用いながらレンズ表面を軽く研磨することである。
しかし、今回はこれでもきれいにならなかった。
もう絶望である。
諦めきれず試写したら、想像通りコントラストの低い軟焦点写真になってしまった。
恐らく最後のルーター作業が追い討ちをかけたのだと思う。
つまり、より悪い状態になってしまったのだ。
過ぎたるは及ばざるが如しである。
撮影した何枚かの写真をPhotoshopでいじってみる。
そうしたら、なんとか見ることができそうな写真にもなる。
正常なレンズでは撮れない この微妙な軟焦点はあんがい魅力かもしれない。
もしかしたら僕は改造ソフトフォーカスレンズを作ったのだ。
そう思うことで、徒労に終わった一日の長い時間を慰める。
2026/06/27
CANON demiをこれまでに3台潰した。
正確には、3台のジャンクカメラのレンズを取り出しデジタルカメラで使えるようにした・・・ということだけれど。
レンズの取り出しには無残な解体方法を採っているので、気分的には『潰す」感じなのだ。
心が痛む。
しかし、もう誰もこのカメラでフィルム撮影しないので、せめてデジタル写真で活躍して欲しく心を鬼にして作業に挑む。
改造したこのレンズをデジタルで撮影したら周辺がマゼンタがかって写る。
なので今はモノクローム専用レンズとして使用している。
モノクロームモードで撮ると、周辺が暗く落ちて、70年代の写真のようになる。
それがおもしろくて手放せない。
2026/06/25
今日は曇天だった。
滲みレンズの、円いファインダーから太陽を見た。
2026/06/16
今日の散歩で久しぶりに円形写真を撮った。
ほぼ一年ぶりなので、ファインダーでのぞく円い風景がなんだか懐かしく新鮮に思える。
以前、フィルムカメラを円形に撮れるように改造したことがある。
ネガキャリアまで自作して、まるい写真を暗室で焼き付けたものだが、この作業はもう10年近くやっていない。
どうも円形写真はカラーがいいように思うからだ。
しかもデジタルで見るモニター上の写真が似合っているように感じる。
今日のところはそう思う。
時間が経ったら考えも変わるかもしれない。
2026/06/15
BEAUTIY カメラに縁があるらしく、たまたまジャンクで見つけたカメラが BEAUTY Canterだった。
姉妹機というべきビューティカメラ。
600円だった。
今日は午後からこれのデジカメ化に掛かりきりだった。
さいわいレンズはきれいな状態で、作業もやりがいがある。
どんなふうに写るかということより、どう工作するかがおもしろい。
とはいえ、写りはいい感じで 「ビューティフル」だ。
2026/06/11
印画紙が10枚入っている。
ようやく手に入った。
Amazonで16552円だった。
高くなったなあ・・・。
価格も困るが、一番困るのは商品の在庫がないことだ。
2026/06/08
KONICA HEXANON AR 50mm F1.7を使ってみた。
コニカのレンズは大好きだ。
しっとりとしたボケと、シャープなピントがうまく調和する。
余分なものが写真の中で大きなウエイトを占めるような写真が撮れないかと考えている。
そもそも余分とは、結構目立つ存在感を持っているものだ。
要らないものだが、それがないと成り立たないような写真についてである。
2026/06/04

文字というのは記号なので、その形状を確認して内容を理解するのである。
で、記号をはみ出す視覚的な主張は「芸術表現」というのだろう。
もちろん文字での表現はあるのだけれど、文字では伝えきれない内容は視覚に訴えることになる。
というか、にじみ出る。
この場合、赤いガムテープや赤のマジックで塗られた鍵の部分と矢印がそれにあたる。
勢いが余っている。
表現主義的な筆致で、絵画的でもある。
ような気がする。
知らんけど。
2026/06/02
BEAUTYとは・・・なんという照れ臭い名前のカメラだろう。
1955年頃、太陽堂光機によって製造された「ビューティ・スーパー35(Beauty Super 35)」というレンジファインダーカメラ。
まずまずのきれいなレンズの状態で取り出すことができた。
AIに尋ねてみたら「現代のレンズのようなシャープすぎる解像感ではなく、『とても穏やかで柔らかい描写』が特徴です。オールドレンズらしい、どこか懐かしいノスタルジックな写真が撮れます。」ということだ。
なつかしい・・・製造年1955年というと、僕が2歳の頃だ。
そりゃ懐かしすぎる。
2026/06/01